フェイデンハウス物語 第二話三章

3.台所の影

アオイは館の中を進んでいると、半分開いた扉を見つけた。扉の向こうにはちらりと鍋や調理器具が見えている。「これ、台所かもしれへん…」好奇心を抑えきれず、静かに扉を押し開けた。

中に入ると、その奥に立っている人影に思わずびくっとした。アオイは自分たち以外の誰かがいるのを見つけたのは、これが初めてだった。白いエプロンを身にまとった女性が、無言で大きな鍋の前に立っている。背中を向けたその姿は、異様な静けさの中で動かずにいるようだった。

「あの…こんにちは…」アオイは声をかけたが、返事はない。ただ静寂が広がる。

その時、女性がゆっくりと振り向いた。アオイはその姿に恐怖を感じた。灰色がかった肌、感情のない目。まるで亡霊のように、無表情でアオイを見つめていた。

「え…生きてるの…?」アオイの声は震えた。女性は何も言わず、じっとアオイを見つめ返す。その目には感情が欠けていて、再び鍋に視線を戻す様子は、何かを思い出そうとしているように見えた。

ぎこちない動きで、女性は料理道具を取り出し始める。だが、その動作は不安定で、フライパンや鍋が次々と落ちてしまう。「ガタン!」と音を立てて道具が床に転がるたびに、アオイの心はドキリとした。混乱した女性の手は震え、何をしようとしているのか自分でも分からない様子だ。

料理道具が落ちる音が響き渡り、まるで台所全体が不気味な混乱に包まれているかのようだった。フォークが女性の足元に刺さりそうになった時、アオイは思わず叫んだ。「や、やめてや!危ないで!」

その瞬間、女性はさらに動揺し、目がアオイに向かう。「こっちに来て!」アオイは手を差し出し、勇気を振り絞って声をかけた。女性は一瞬驚いたようにアオイを見つめたが、そのまま動かない。

「ええから、ついてきてや!」アオイは恐怖を感じながらも、その女性を台所の外に導くことに決めた。静かな空間を抜け、アオイは彼女が何を思い出そうとしているのか、少しでも理解したいと思った。

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